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「こころ~大人になりきれなかった先生~」

大学教授石原千秋氏による、高校生向け「こころ」の解説本。




学生の頃は、レポートや卒論の為に、研究者の論文を何冊も読んだけれど、最近はこういった解説本を読むのは久しぶりです。

「こころ」は、高校の国語に必ず掲載されるますが、最近の若い国語教師の中には、夏目漱石を読んだことのない人もいるとのこと。。
若い高校生にとって、「こころ」の「先生」や「K」は、はっきりしなくてまどろっこしいらしい。。

明治時代なんて、はるか昔になってしまいましたものね。。
夏目漱石も、もう古典なのかもしれません。
そうなると、世界最古の物語である「源氏物語」は、もう神様の領域??


「先生」の思春期における、叔父との諍いは、先生が大人になる為の過程を失わせ、「父親殺し」なる親を乗り越える過程を、変わりに友人「K」を追いつめることで達成したという観点は、面白かったです。
正直、「K」に対する先生の仕打ちは、執拗で、あまり気持ちのいいものではないですものね。。
「お嬢さんを奪われる」焦りと恐怖から、そこまでの行動に出たという考え方よりも、しっくりきました。

それ以上に衝撃的(?)だったのが、奥さん(お嬢さん)についての解釈。。

     静は、どこまで知っていたのか?

奥さんの「静」は、先生の自害の理由を知らされません。
先生の遺言で、彼女には何も知らせずに自害し、彼女が生きている限りは、全てのことは「私」の胸の内に秘めなくてはならないからです。

なので、「私」が「こころー先生と遺書ー」を書いた理由は、奥さんが亡くなったか、あるいは奥さんが亡くなってから公表するつもりだった・・・と、私は解釈していたのです。。

学生時代、教授も「この物語で一番気の毒なのは、奥さんです。何も知らされないままなのですから。」とおっしゃっていました。
もう20年以上前になりますが、その頃、ちくま文庫の解説で、小森陽一氏が衝撃的な仮説を立てました。

     先生の死後、「私」は奥さんと結婚し、子供をもうける。

教授達の間でも、この仮説は驚きだったようで、ちくま文庫の「こころ」を購入するように・・・と、言われたものです。。

その後、私もこの仮説が暗黙の前提となり、「こころ」を読む時は、「私」と奥さんの会話には、深い意味を持って読むようになりました。
それでも、先生に全てを打ち明けられた「私」と結婚した奥さんは、何も知らされていないのだと思っていました。

石原氏の解釈では、

     静は全て知っていた。

・・・となっています。

確かに、氏が列記する伏線部分を思い起こせば、奥さんが全て知っていてもおかしくないように思います。
でも、そう読み込んでしまうことで、奥さんという女性像は、180度変わって来てしまうのです。。

何も知らず、可愛そうな奥さん。
「先生があんな風になったのは、私のせいだと言われるのが、何より辛いんだから・・・」と、「私」に涙を浮かべて訴えていた奥さん。
先生と奥さんは、「K」のことが無ければ、理想的な一対として生きていられたはずなのに。。


奥さんが、先生が「K」を自害に追いやった過程を全て知っていたということは、あり得ることですが、ここで石原氏が指摘していることは、もっと露骨で重要な部分なのです。

     静と静の母が、煮え切らない先生を決断させる為に、「K」との親密さを画策し、先生を嫉妬させ、結果的に「K」を自害へ追い込み、先生との結婚を得た。

というのですから。。
そこには、叔父に裏切られた先生が、更に奥さんと奥さんの母の策略にはまった上、友人を死に追いやったという、救いようの無い状況が浮かび上がって来ます。

それでも、奥さんを愛していた先生は、自害するまで、奥さんと仲睦まじく暮らしていました。
時折、奥さんを介して「K」を思い起こす故に、彼女を遠ざけたくなるという解釈と、実は奥さんの策略を思い起こす故に、彼女を遠ざけたくなるという解釈では、二人の関係そのものの意味が、全く変わって来てしまいます。

先生は、先生の遺書を奥さんに知らせない理由として、「妻の思い出をなるべく清らかな状態に保っておきたい」からと言っています。
先生の遺書によって知らされる、「清らかでない」思い出とは、先生の「K」に対する仕打ちのことではなく、奥さんが主導した策略のことであったとは、かなり衝撃的でした。。  
確かに、「K」を迎えた後の奥さんの行動は、同じ女性の目からすると、「何故?わざと?」と思う部分が多かったのです。
そこは、いわゆる恋愛の駆け引きとも言える、無邪気さだったのかもしれませんが、それ故に、自害した「K」と、ずっと罪悪感に縛られた先生と、結婚生活にはっきりしない不安の残った奥さんと、全てに残った影の部分が、よけい黒々としてきます。

その奥さんと結婚し、子供を持った「私」は、少なからず、事実として、奥さんの策士的な一面を、身をもって知ったのかもしれません。
そして、奥さんの存命中に、この事実をさらすということは、「私」は先生のできなかった「父親殺し」(=実父及び先生の死)を乗り越え、奥さんと対峙することにも自信を持つ大人となっていることの証なのかもしれません。

題名が「こころ」であるが故に、解釈ひとつで、人間の業のなせる悲劇を、更に深くえぐって見せるのが圧巻です。
久しぶりに、面白い解釈に出会いました。

でも、高校生には、こういった知識無しに読んでもらいたいな・・・と思いました。
高校の教科書で読んだ後、十年後、二十年後、自分の人生と共に新しい発見があるのが、「こころ」だと思います。


最近、私の夏目漱石の本を、片っ端から読んでいる旦那様に、「ねえ、ねえ、この解釈どう思う?」と聞いたところ。。

     漱石は、そんなこと考えてないかもよ。

これだから、理系は・・・(-"-)。。
行間を読むのが面白いんじゃない!

   

No title

はじめまして。

小森陽一さんは、「結婚」という言葉を周到に避けています。「先生」と「静」は「結婚」という既成の概念では理解できないような新しい関係を持ったと考えているからです。それが、粗忽な研究者によって「結婚説」として広まってしまいました。

私も講演をしたあとにはよく「漱石は、そんなこと考えてないかもよ」と質問されます。考えていたか考えていなかったかなど、絶対に証明できないのですから、無意味な質問です。また、漱石の考えていなかったかもしれない読み方をする権利が読者にはあります。そう思わなければ、たとえば作者が確定できなくて、異本が百の単位である『平家物語』など読めないでしょう。

Re: 千秋楽さんへ

コメント、ありがとうございます。

「私」と奥さんの関係・・・との理解で良いでしょうか?
結婚という括りでない方が、一連の伏線に対してしっくりきますね。
ただ、子供もいるとなると、当時の常識で、結婚ではない新しい関係を継続するのは難しいかなとも思います。

「そんなこと考えていない」となってしまうと、文学を研究する意味が無くなってしまいますね。
作者が世に出した以上、そこから先は、読者の物であり、読者の数だけ読み方があった方が面白いと思います。

そうですね。

小森さんは、「奥さんと共に生きること」というフレーズを選んでいます。小森さんが論じた意味は、まさに「現在の読者の既成の結婚観に揺さぶりをかけること」ですから、当時の状況は度外視です。

私は「テクスト論者」ですから、あの本も「作者」はカッコに括って書きましたが、そもそも「作者の意図」はある時代に有効だった、文学研究上の「お約束」にすぎませんし。
ただ、そういう「お約束」を信じている読者は多くて、これも講演をしたあとでがっくり来るのは、「漱石はそこまで考えて書いていたんですね」と言われることです。誉めてくれたのでしょうが、「漱石じゃなくて、僕の解釈を誉めてよ」と言いたくなります。

あなたのような読者が僕の本を読んで下さるのは嬉しいことです。

Re: そうですね。

千秋楽さん、コメントありがとうございます。
本書の筆者の方かどうか、はっきりわかりませんが、もしそうであれば、わざわざ私の感想にコメントを下さり、ありがとうございます。

学生の頃、日本文学を読みながら、この文章には何が含まれているのかという思いがいつもありました。
日本文学を専攻したのも、その謎解きを教授が解説してくれると期待したからでした。
でも、実際は、教授による解説は無く、自分で論文をあれこれ読むことで解釈して行くことになりました。

特に漱石は、表面的な解釈だけでは物足りない思いがいつもあります。
漱石の仕掛けた言葉ひとつ、文章ひとつ、気づいた人だけが漱石に近づけるのかなぁと思ったりします。

いくつになっても、文学の楽しみはつきません。
ありがとうございました。

さて、だれでしょう。

僕が本人かどうかはこういうやりとりではわかりませんね。ただし、僕の書き込みが「石原千秋」とまったく同じ意見だということは保証しますよ。とりあえず、ここではウソはついていませんから。

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このコメントは管理人のみ閲覧できます

Re: さて、だれでしょう。

千秋楽さん、コメントありがとうございます。

失礼しました。
こういったヴァーチャルな状況では、いろいろとトラブルがあるものですから、ご理解頂けると幸いです。

貴重なお話を伺えて、とても嬉しかったです。
また、他の解説も拝見したいなと思っております。
ありがとうございました。
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